ヨコハマメリー

かつて、ひとりの娼婦がいた
彼女の名前は“ハマのメリー”
(C)
2005/カラー/スタンダード/1時間32分/35mm

公式サイト

<出演>

永登元次郎   五大路子   杉山義法   清水節子   広岡敬一 

団鬼六   山崎洋子   大野慶人   福寿祁久雄   松葉好市
<スタッフ>
監督・構成 : 中村 高寛 

写真・出演 : 森日出夫

プロデューサー・編集 : 白尾一博 

プロデューサー : 片岡希 

撮影 : 中澤健介

音楽 : コモエスタ八重樫(SINCE)

主題歌 : 渚ようこ
<概要>
本作に出演するのは、メリーさんと関係のあった人たちや思い入れのある人たち、そして昔の横浜を知る人たちである。それらの人たちのインタビューや取材により「メリーさん」とは何だったのか、彼女が愛し離れなかった「横浜」とは何だったのかを検証し、浮き彫りにしていった。いわば本作は、あるテーマ(ヨコハマ、メリーさん)についての「現象」を追ったドキュメンタリーである。
監督は本作がデビューとなる、弱冠30歳の中村高寛。メリーさんが街から消え、彼はその影を追うように、様々な人々へのインタビューを始めた。そしてメリーさんを通して見えてきたものは、市井の普遍的な人の営み、感情、人生の機微であった。撮影開始から5年の歳月をかけ、地元•横浜への親しみが込められた、清々しい感動に溢れる作品を作り上げた。
<ストーリー>
かつて、ひとりの娼婦がいた
彼女の名前は“ハマのメリー”
歌舞伎役者のように顔を白く塗り、貴族のようなドレスに身を包んだ老婆が、ひっそりと横浜の街角に立っていた。本名も年齢すらも明かさず、戦後50年間、娼婦として生き方を貫いたひとりの女。
かつて絶世の美人娼婦として名を馳せた、その気品ある立ち振る舞いは、いつしか横浜の街の風景の一部ともなっていた。
“ハマのメリーさん”人々は彼女をそう読んだ。

街から消えた伝説の女(ヒト)
1995年冬、メリーさんが忽然と姿を消した。
自分からは何も語ろうとしなかった彼女を置き去りにして、膨らんでいく噂話。いつの間にかメリーさんは都市伝説のヒロインとなっていった。そんなメリーさんを温かく見守り続けていた人たちもいた。
病に冒され、余命いくばくもないシャンソン歌手•永登元次郎さんもその一人だった。
消えてしまったメリーさんとの想い出を語るうちに、元次郎さんは一つの思いを募らせていく。
もう一度、メリーさんに会いたい。そして彼女の前で歌いたい。



天国と地獄
「天国と地獄ね……」。ある時、メリーさんがそう呟いた。横浜の小高い丘に広がる富裕層が住む山手と、その麓にひしめく浮浪者街、そんな対極の地を見たときのことである。
映画「天国と地獄」の舞台となった横浜には、数十年経った現在でもそんな世界が現存している。「天国と地獄」の中に登場する「外人バー」。そのモデルとなった酒場が、戦後、進駐軍の米兵や外国船の船乗りたちで賑わった大衆酒場「根岸家」である。客は外人たち、やくざや愚連隊、街の不良たち、米兵相手の娼婦「パンパン」、果ては警察官といった面々。皆、無国籍感漂う酒場「根岸家」に集まり、夜な夜な饗宴を繰り広げていた。その当時、メリーさんは「パンパン」として根岸家に出入りし、ライバルたちと熱いバトルを繰り広げていたという。
横浜がまだアメリカだったころ、そして横浜がもっとも横浜らしかったころの話である。

関所の記憶
駅名にもなっている横浜の中心部•関内とは、旧外国人居留地の名称である。その昔、京浜東北線の線路下にあった河川、そこには鉄橋があり関所が作られていた。
川より海側の地域である関所の中は「関内」と呼ばれ、特権を持つ外国人が居留、関所の外は「関外」と呼ばれ、一般大衆の日本人が生活を営んでいた。今、多くの人がイメージする横浜は、映画やテレビで描かれてきた「関内」である。本作が集中的にロケを行ったのは「関外」。観光ガイドではない「ヨコハマ」を描いている。
<コメント>
語り継ぐこと
中学生のころ、町に映画を観に行くと、よくメリーさんを見かけた。全身白塗りの老女で、
とても近づける雰囲気ではなかったし、強烈な畏怖を感じた記憶だけが今もなお残っている。
その後、いつの間にかメリーさんは町から居なくなっていた。
「なぜ、メリーさんを題材にしたのですか?」と多くの人に聞かれる。いちばんの理由は、
私がメリーさんと関わりを持った人達と出会ったこと、そして彼らに強く惹かれたことだろう。
畏怖すら感じるメリーさんと、ただ会って話すだけでも凄いのに、友達だった人すらいる。彼らが語る「メリーさん」」との記憶や話、真偽すら定かではない伝説などが面白くて堪らなかった。
「語ること、語り継ぐことに意味がある。語り継いでいくことによって、余計なものが削ぎ落とされ、本物だけが残る。メリーさんの伝説と同じかもしれない」。ある人が言った、このフレーズが忘れられない。そしてメリーさんの本物の部分、核心を追っていけば、私が育った横浜という町のメンタリティを描くことができるのではないか、作品になるのではないかと思い、
勢いだけで作り始めた。
私自身は、メリーさんの映画を撮った感覚はあまりない。
「メリーさん」を通した「ヨコハマ」の一時代と、そこに生きた人たちを、ただ一つの現象として撮っただけだと思っている。しかしその現象のなかにこそ、誰もがもつ、普遍的な人の営み、感情、人生が如実にあらわれるのではないだろうか。それはどんな社会的なメッセージよりも私が描きたかったことである。
最後に、この作品を作るキッカケとなり、常に支えてくれた森日出夫さん、病と戦いながら出演してくれた元次郎さん。そして(作品に協力してくれた)愛すべき横浜の人達に心から感謝の言葉を言いたい。ありがとう。いや、ありがとうございました。

監督•構成 中村高寛
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