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加納 穂子/山村克嘉/イノウエ/高橋ライチ/めぐ/佐藤公彦/藤枝奈巳絵/たまご
ぺぺ長谷川/沈没家族のみなさん/うれP家のみなさん
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<スタッフ>
監督・撮影・編集 : 加納 土
音楽 : MONO NO AWARE
玉置周啓
協力 : 鯉沼 愛実、武蔵大学、
SPACE SHOWER MUSIC
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卒制版 制作指導 : 永田 浩三
劇場版構成 : 大澤一生
宣伝美術 : 成瀬慧+中野香
宣伝 : contrail
配給 : ノンデライコ
製作 : おじゃりやれフィルム |
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<ストーリー>
シングルマザーの母が始めた共同保育の試み“沈没家族”
たくさんのオトナたちに育てられたボクは“家族”がよくわからない
あたらしい“家族のカタチ”を問いかけるドキュメンタリー
90年代半ば。様々な若者がひとつの“家”に寄り合い子育てに奮闘した実践的共同保育「沈没家族」
母はどうしてたったひとりでこの“家族”を始めたんだろう?
20年の時を経て、おぼろげだった僕の“家族のカタチ”が見え始めた――
時はバブル経済崩壊後の1995年。地下鉄サリン事件や阪神淡路大震災が起き、世相がドンドンと暗くなる中、東京は東中野の街の片隅で、とある試みが始まりました。シングルマザーの加納穂子が始めた共同保育「沈没家族」です。ここに集まった保育人たちが一緒に子どもたちの面倒を見ながら共同生活をしていました。そこで育ったボク(監督:加納土)が「ウチってちょっとヘンじゃないかな?」とようやく気づいたのは9歳の頃。やがて大学生になってあらためて思ったのです。
ボクが育った「沈没家族」とは何だったのか、“家族”とは何なのかと。当時の保育人たちや一緒に生活した人たちを辿りつつ、母の想い、そして不在だった父の姿を追いかけて、“家族のカタチ”を見つめなおしてゆきます。
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<「沈没家族」とは>
シングルマザーであった加納穂子(当時23歳)が「いろいろな人と子どもを育てられたら、子どもも大人も楽しいんじゃないか」との考えで、子守りの呼びかけに集まった若者と子どもたちによって、1995年から始められた共同保育・共同生活の実験的な生活形態。ストリート・カルチャーのオルタナティブな実践的ライフスタイルとして当時注目を浴び、メディアでもたびたび取り上げられた。
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