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<解説>
<もうひとつの佐渡の顔を知っていますか?>
新潟市の北西に位置する本州最大の島・佐渡島。近年はトキ復活プロジェクトで大きな話題を呼んだが、この土地にはもうひとつの大きな特徴がある。
それは日本有数の「能」の伝承地であり、現在も日本全国の3分の1にあたる30を超える能舞台が現存していることである。元来佐渡島は、能の大家・世阿弥や日蓮上人などが流された流刑の島であり、流れ着いた人々が都の文化を持ち込んだことにより、佐渡特有の文化が形成された。島では今も薪能公演が盛んに行われるほど、佐渡の人々にとって能は身近なものとなっている。
<トキ×津村禮次郎×子供×鼓童=?>
観世流能楽師・津村禮次郎は、30年来佐渡に通い、学生達への稽古や薪能公演を行ってきた。2006年、佐渡市から公演の依頼が舞い込む。津村は、トキが再び佐渡の空を飛翔してほしいという願いを込めた「創作能」で応えることに決めた。佐渡の子どもたちから寄せられた詩をもとに台本を作り上げ、同じく佐渡を拠点に活動する太鼓集団「鼓童」のメンバーにも参加してもらうことで、既存の能の枠を超えた新しい芸能・創作能「トキ」がここに誕生する。
<創作能「トキ」が語りかけるもの>
ドキュメンタリー『朱鷺島-創作能「トキ」の誕生−』は、能楽師・津村禮次郎と佐渡の子どもたち、そして太鼓集団「鼓童」という異なる世代、表現方法がつながることで完成した、創作能「トキ」の制作過程を克明に描き出している。子どもたちの詩に托された想いが、謡となり舞となり、鼓と太鼓のリズムにのって昇華される様子は、混迷の現代を生きる私たちに、確かな希望を感じさせるのではないだろうか。
トキも能も、時を超え、いまを生き抜いていく。再び大きく舞うために。
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<プロフィール>
津村禮次郎(つむら・れいじろう)
1942年生まれ。観世流能楽師。観世流緑泉会代表。重要無形文化財(能楽総合)保持者。女流能楽師のパイオニアである津村紀三子に師事。1979年小金井薪能を作家林望氏と設立、2010年で32回目を迎える。古典能の公演のほか新作能、創作的活動も多く、「かぐや姫」「オセロー」「トマス・ベケット」「仲麻呂」などを後援。イギリス、ベルギー、スペイン、シンガポール、スウエーデン、ノルウェーなど海外公演も多数。他ジャンルのアーティストとのコラボレーションも多く、現代舞踊とのコラボレーションではダンサーの森山開次、イタリア人舞踊家のアレッシオ・シルベストリンらと作品制作、公演活動を行う。また、2005年には愛知万博、ベネチアビエンナーレ・ダンス部門にも招聘される。 |
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<監督プロフィール>
三宅流(みやけ・ながる)
1974年生まれ。映画監督。初期は実験的な映像作品が多く、『蝕旋律』、『白日』はイメージフォーラムフェスティバル、モントリオール国際映画祭などで受賞、招待上映され、国内外10カ国以上で上映される。22歳の面打師・新井達矢を描いたドキュメンタリー『面打/men-uchi』(2006)は、ゆふいん文化・記録映画祭で松川賞を受賞し、東京、大阪での劇場公開では大きな話題となる。岩手県の民俗芸能を追った最新作『究竟の地?岩崎鬼剣舞の一年』(2008)は山形国際ドキュメンタリー映画祭、恵比寿映像祭に招待され好評を博している。
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<コメント>
幻の鳥を題材にした能「朱鷺」は佐渡の素晴らしい環境に守られて生まれました。古典として益々磨かれて行くことを期待しています。
坂東玉三郎(歌舞伎俳優)
津村さんの挑戦は、いつも私の励みになります。まだまだいろんなことをやれる。いやまだ私などやっていない、やれていないことの方が、こんなにも多いんだなあって。そして、がんばろうって思う・・・
野田秀樹(劇作家/演出家)
津村禮次郎さんの創作へ向かっていく積極的な姿勢に共鳴するかのように、編集も余韻を削ぎ落とし、監督の主観や感情など曖昧な表現をなくした純粋な記録映画として、淡々と創作のプロセスを切り取っていく様が潔く、美しい。子どもの言葉が能へと昇華された舞台は、鼓童や花結など異分野の芸能とフランクに融合しながらも、能らしい異時空間を出現させていて、島民とともに観劇を体感しました。
山村浩二(アニメーション作家/『頭山』など)
ポップアートとしての魅力に富んだ民衆能の世界を『朱鷺島』のカメラは禁欲的に静かに見続け、記録した。その端正な映像はこれまた静かな語りの流れを縦糸に、島人をはじめ、出演者の能舞台にかかわる意欲的な姿を横糸に、ちょっと厚手のタペストリーに織り上げられた。しばし手に触れてみるに値するタペストリーに。
大津幸四郎(映画カメラマン)
一つの能が出来上がるまでをドキュメントとして追う。いわば映画と能が二つながら誕生することになる。それも世阿弥の遺蹟がある佐渡に棲息するニッポニア・ニッポン(とき)への思いをうたい上げた能という野生の種のいのちの復活をかけた夢、朱鷺再誕の能に託された願いは大きい。
馬場あき子(歌人)
この作品を拝見して、先ず心に残ったものは「トキ」という鳥の名とともに「時」でした。過去の世界にタイムトリップさせてくれるのは、能の楽しみのひとつですが、過去を語りながら今を見つめる「時の舞台」。単に過去のものではない、今を生きる能。私は津村禮次郎さんを、今を舞う能楽師であると思っています。その根底にあるのは創作するこころ。それは、世阿弥も同じであったでしょう。そして、このドキュメントは、観た人に新たな未来への創作の意欲をかき立てる貴重な記録となるでしょう。
森山開次(現代舞踊家)
古来、日本人にとって、鳥は「魂を運ぶもの」であった。各地に残る鳥の芸能がそれを教えている。津村師の創作能『朱鷺』には、この古い血の騒ぎが感じられる。人が鳥となり神となる、命への祈り。その創作過程を淡々と描き切った力編である。
林 望(リンボウ先生/作家)
人と草木、鳥と虫、そして文化が、佐渡の夏に響き合う。もはや伝統芸能の枠に収まらない総合芸術が、その風土の上に次第に形を成していく様は、驚きに満ちている。津村氏の見事なプロデュースと総指揮は、様々な分野で活躍されるリーダーの方にも多くの示唆と感銘を与えるのではないだろうか。
篠田節子(作家/第117回直木賞受賞)
日本の能舞台の3分の1以上が佐渡島にあるとは!
その佐渡に特化し、一度しか上演されない創作能の貴重な記録です。
ピーター・バラカン(ブロードキャスター)
佐渡では能は日常のなかにある。小学生の詩から創作能を練り上げる能楽師。雨戸を一枚一枚外して能舞台を整える地域の人々。あらゆる物の佇まい、あらゆる人の息づかいをキャメラは大切に記録する。静かに日常を離れ日常に戻る「朱鷺」の舞。生活に育まれた夢幻の色は美しい。
鵜飼哲(フランス文学・思想研究者)
そこにあるのは、あるイヴェントがおこなわれるプロセス。
淡々としたプロフェッショナルのいとなみを追いながら、ごく自然であたりまえのようにみえるひとつひとつのことどもが、まさに「プロ」ゆえに可能な、垂直で、凝縮された時を生みだしてゆく。
その貴重な瞬間は、それでいて、ごくあたりまえの夏の日の背景とともに、ある。
ひとは、この瞬間瞬間、世界のどこかで、こうした代え難いひとのいとなみを、物理的な時間の持続のなかで更新し、出会わなかったり、すれちがったりしながら、生きている。
小沼純一(音楽・文芸批評家) |
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