『夏の娘たち~ひめごと~』公開記念
《堀禎一特集》

飛べばいい。飛べば《映画》に近づくのだから。

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 堀禎一が『弁当屋の人妻』でピンク映画界に現れた頃、その世界はジャンルの宿命ゆえの職人技を誇る映画と、その環境を受け入れつつも作家の表現たらんとして生まれた映画、それらが風景を二分していたように見えた。だが、堀禎一はどちらでもなかった。彼は自分を「表現者」と見なすことさえ拒んでいるように見え、《映画》がまるで探究可能な物体であるかのように、一途に純愛の物語を紡いだ。そんな彼の静かな熱情というか思い込みに対して、ピンク映画という場所は寛容だった。

 その探究心は、やがてライトノベルや漫画を映画化する際にもすり減ることはなかった。『妄想少女オタク系』のきらきらしたプールサイドの触感は今も容易に甦ってくる。そして『魔法少女を忘れない』の自転車は、いつしか中空へ飛んでゆく。え、それでいいの?と心配する必要はない。飛べばいい。飛べば《映画》に近づくのだから。

 では、このまま彼は「ラノベ映画職人」になってしまうのか? そんな心配をし始めた頃、堀禎一は商業映画からの戦略的撤退を選んでいた。やがて私たちに届いた「天竜区」シリーズは一つ残らず、妥協なき「画面」の探究である。観光的な視線には断じて収まらない、映画にだけ可能な「無敗の画面」を求めて、彼は山里にキャメラを置いた。彼がこの奥天竜という土地柄に惹かれたことは言うまでもない。だが、あのスタンダード・サイズの厳格な画面は、彼がこれまで以上に《映画》を求めた証だろう。ただ、その探究心をいちばん理解したのは、観た人なら誰でも分かるだろう、犬のジョンである。天才ジョンは「堀禎一の画面」を瞬時に理解し、いつも完璧な場所に寝そべっている。そのことは、彼の野心がもうしばらく孤独であり続けることを示すのだろうか?

 いや、そんな寂しいことを言っている場合ではない。静岡から長野へと県境を越えた新作『夏の娘たち』は、彼の新時代の幕開けになるだろう。葬式を終えた戸外に旧知がどんどん集まってくるショット、女二人が寝そべってビールを飲むショットの充実ぶりを見よう。責任は持たないが、堀禎一の次回作はソフィスティケイティッド・コメディであるべきだと思う。こういうことを書くと、彼はいつもの不敵な笑顔を浮かべて必ず何やら言ってくる。だがそこに見え隠れする彼の《映画》への純粋な信託の念を、私たちとジョンは決して見逃したりはしない。

岡田秀則(映画研究者)
上映作品
『宙ぶらりん』 R-18
(2003年/64分/35mm) 
東京国立近代美術館フィルムセンター所蔵作品

出演 : 奥田括、ゆき、加藤靖久、佐々木日記、
      涼樹れん、マメ山田、星野瑠海、伊藤猛

監督 : 堀禎一
企画 : 朝倉大介  脚本 : 奥津正人  撮影 : 橋本彩子  音楽 : 網元順也
作品提供 : 国映・新東宝映画

堀禎一の記念すべき第一作。結婚を決めきれないカップルにそれぞれ違う相手が現れることで、いつもの6畳間の景色が変わってくる。暗いホテルの部屋、デリヘル嬢を乗せて走る夜…堀禎一の描く黒はデビュー作から鮮やかに輝いている。
上映日 : 7/3(月) 21:00、7/13(木) 19:00
『草叢』 R-18
(2005年/64分/35mm) 


出演 : 速水今日子、吉岡睦雄、伊藤猛、森田りこ、
      佐々木ユメカ、マメ山田、下元史朗、冴島奈緒

監督 : 堀禎一
企画 : 朝倉大介  脚本 : 尾上史高  撮影 : 橋本彩子  音楽 : 網元順也
作品提供 : 国映・新東宝映画

夫の不倫で揺れる夫婦の沈黙を、西日射す団地の一室で抒情的に描いた傑作。役者を輝かせる堀禎一の人間描写は、二作目にして完成の域に達している。この後幾度となくコンビで傑作を生みだしていく脚本家・尾上史高との出逢いの作品。
上映日 : 7/4(火)21:00、7/8(土)19:00、7/17(月祝)18:30
『笑い虫』 R-18
(2007年/63分/35mm)

出演 : 葉月螢、牛嶋みさを、冴島奈緒、チョコボール向井、加藤靖久、
      安奈とも、桂健太郎、しのざきさとみ、マメ山田

監督 : 堀禎一
企画 : 朝倉大介  脚本 : 尾上史高、堀禎一  撮影 : 橋本彩子  音楽 : 網元順也
作品提供 : 国映・新東宝映画

ボクサー崩れの男とその夢を一緒に追い続けた女が迎えた青春の終わり。観客は、プロレスのシーンで涙し、往年のピンク映画のような犯罪シーンに驚き、鏡だけで描かれるSEXシーンに目を奪われるだろう。2007年に生み出された知る人ぞ知るマスターピース。必見。
上映日 : 7/5(木)21:00、7/14(金)19:00、7/17(月祝)21:30、7/18(火)18:30
『妄想少女オタク系』
(2007年/113分/BD)

原作 : 紺條夏生  脚本 : 尾上史高、多胡由章  撮影 : 佐久間栄一  音楽 : 虹釜太郎
監督 : 堀禎一
出演 : 甲斐麻美、中山麻聖、馬場徹、木口亜矢、滝川英治、森下悠里
作品提供 : 松竹ブロードキャスティング

BL好きオタク女子の妄想が招く、学校一のイケメンや隠れ腐女子ギャルを巻き込んだ恋と不思議な友情。腐女子、イケメン、学園モノといった特異な世界観でも、出てくる誰もが魅力的な、れっきとした青春映画。夏休み、お祭り、プール…そこに原民喜を登場させる堀禎一の余念なき演出。

(C)2007松竹ブロードキャスティング
上映日 : 7/1(土)21:00、7/10(月)19:00、7/21(金)18:30
『東京のバスガール』 R-18
(2008年/63分/35mm)

出演 : かなと沙奈、吉岡睦雄、下元史朗、飯島大介、水沢萌子、
      速水今日子、青木りん、杏ののか、川瀬陽太

監督:堀禎一
企画:朝倉大介/脚本:佐藤稔/撮影:清水正二/音楽:神尾光洋
作品提供 : 国映・新東宝映画

若き未亡人が初めて迎える夏。そうめん、洗濯物、大根おろしに浴衣の端切れ…堀禎一の描く田舎の夏は、どこまでも丁寧で湿度まで豊かだ。日本家屋の空間を十二分に活かした役者の動きは、それを見ているだけでも映画を観る喜びに満ちている。
上映日 : 7/6(木)21:00、7/9(日)19:00、7/18(火)21:30
『憐 Ren』
(2008年/101分/BD)

出演 : 岡本玲、馬場徹、中山麻聖、鈴木かすみ、齊藤夢愛、
      千葉恵佑、Lee.、宮下順子

監督 : 堀禎一
原作 : 水口敬文  脚本 : 尾上史高  
撮影 : 橋本彩子  音楽 : 虹釜太郎
作品提供:ベドラム

未来からやってきた少女・憐とその秘密に気付いてしまう友人たちの学園生活を描きながら、堀は腰を据えた長廻しで、俳優が役を演じるという行為自体の不思議さを引き出している。終盤の10分にも及ぶ川べりの長廻しには、誰もが釘づけになることだろう。

(C) 2008 水口敬文/角川書店/「憐」製作委員会(メモリーテック株式会社 株式会社ポニーキャニオン 株式会社べドラム)
上映日 : 7/2(日)21:00、7/11(火)19:00、7/20(木)18:30
『魔法少女を忘れない』
(2011年/93分/BD)

出演 : 高橋龍輝、谷内里早、森田涼花、碓井将大、
      前田亜季、佐藤恵美香、岸本麻、鋤崎貴斗、
      マリー・紅緒、ミレイユ・美緒、伴大介

監督 : 堀禎一
原作 : しなな泰之  脚本:中野太、ますもとたくや  
撮影 : 橋本彩子  音楽 : 伊藤幸毅
作品提供 : テレビ西日本

いつか忘れられてしまうという宿命をもった魔法少女の妹を守ろうと奮闘する仲間たちの記録。麗しい役者を見るティーン映画でありながら、鏡、夏、田んぼ、自転車、海、8mmフィルムといった”堀禎一的モチーフ”が多く登場する一つの到達点。

(
C)しなな泰之/集英社・「魔法少女を忘れない」パートナーズ
上映日 : 7/7(金)21:00、7/12(水)19:00、7/19(水)18:30
『Making of Spinning BOX 34DAYS』
(2012年/89分/DVD)

出演 : 中河内雅貴、馬場徹、千田真司、岡崎大樹、中智紀、
      末冨真由、金丸明日香、西澤僚幸、洞至、AYUMU、
      下田義浩、西田けんたろう、伊佐郷平、平沼紀久

監督 : 堀禎一
プロデューサー : 稲木俊介  
作品提供 : JTBコミュニケーションデザイン

ミュージカル「テニスの王子様」の名コンビ・中河内雅貴と馬場徹が”自分たちのやりたいことを詰め込んだ”舞台「Spinning BOX」の稽古から本番までを追ったドキュメント。ダンスとエンターテインメントに捧げる青春の夏。極端に短いカット、モノローグ―「天竜区」に繋がる堀禎一ドキュメンタリーの源流がここにある。
上映日 : 7/21(金)21:00
『天竜区奥領家大沢 別所製茶工場』
(2014年/64分/BD)

監督 : 堀禎一
制作 : 内山丈史
作品提供 : 堀禎一、アテネ・フランセ文化センター

静岡県浜松市の北端に位置する急斜面の集落で行われている茶葉の栽培と、加工の様子を記録した4時間を超える「天竜区」シリーズの幕開けとなる一作目。ただひたすら画面に意識を漲らせ、画面外の音にまで敏感に反応する64分(ピンク映画と同じ長さ)。
上映日 : 7/15(土)18:30、7/16(日)18:30
『天竜区旧水窪町 祇園の日、大沢釜下ノ滝』
(2014年/27分/BD)

監督 : 堀禎一  制作 : 内山丈史
作品提供 : 堀禎一、アテネ・フランセ文化センター

旧水窪町には、かつての大火の記憶にちなんで6月の祇園祭の日にだけ花火を楽しむという風習がある。過疎の激しい大沢集落より少し下った水窪の町は賑やかで、その田舎を切り取る描写は『魔法少女を忘れない』から新作『夏の娘たち』にも通じる堀ワールドとも言える。

『天竜区奥領家大沢 夏』
(2014年/67分/BD)

話 : 別所賞吉

監督 : 堀禎一  制作 : 内山丈史
作品提供 : 堀禎一、アテネ・フランセ文化センター

大沢集落は限られた土地で、林業と茶葉の生産を主要産業とする8軒で形成されてきていたが、今は過疎が進み3軒4人しか残っていない。その内の一人である集落の住人・別所賞吉さんのナレーションに導かれるように、天竜区の短い夏が描かれていく。
上映日 : 7/15(土)19:50、7/16(日)19:50
『天竜区奥領家大沢 冬』
(2015年/94分/BD)

話 : 別所賞吉

監督 : 堀禎一  制作 : 内山丈史  機材協力 : 葛生賢
作品提供 : 堀禎一、アテネ・フランセ文化センター

「夏」に続き、別所さんのナレーションで構成される四作目。別所さんの語りは次第に集落の歴史にまで入っていき、聞き手である堀も画面に登場しつつ、厳しい斜面の冬の食糧事情などを教えてもらう。3月に入り、集落に射しこむ陽光が春めいてきて映画は終わる。

『天竜区旧水窪町 山道商店前』
(2017年/2分/BD)

監督 : 堀禎一  制作 : 内山丈史
作品提供 : 堀禎一、アテネ・フランセ文化センター

四作を撮り終えた後も天竜区に通い続けている堀が2月に撮影したシリーズ五作目。ある交差点で定点観測した2分の短編。ほとんど往来のない道路の信号が変わり、黒味が挿入され、堀と住民の語らいの声が聞こえながら、最後には目的の対象が画面に現れる。
上映日 : 7/15(土)21:40、7/16(日)21:40
<プロフィール>
堀禎一 Hori Teiichi

1969年兵庫県生まれ。東京大学文学部仏文科を卒業後、1994年に佐藤真が構成・編集を担当した『おてんとうさまがほしい』の制作助手としてドキュメンタリーを経験した後、大蔵映画、国映製作のピンク映画で小林悟、北沢幸雄、サトウトシキらの助監督を務める。
2003年のデビュー後は、ピンク映画を三作品撮った後、漫画・ライトノベル原作のアイドル映画で一般映画にも活動の場を拡げ、特にその一作目『妄想少女オタク系』はゼロ年代を代表する青春映画の傑作としてリストアップされることもあるほど、漫画・アイドルといった枠組みを超えて評価される。
その後、さらなるメジャー映画へ、というファンの期待の意表を突くように、堀は静岡県にある急斜面の集落に通い詰め、上映時間4時間を超える長編ドキュメンタリー「天竜区」シリーズを完成させる。そして、待望の新作劇映画『夏の娘たち~ひめごと~』を初心にかえるかのように国映製作のR-15作品として制作し、想像を超えるジャンルの横断をしつづけながら、知る人ぞ知る堀禎一の世界を構築し続けている。
企画 : ポレポレ東中野

協力(50音順) : 
アテネ・フランセ文化センター、インターフィルム、国映株式会社、JTBコミュニケーションデザイン、
松竹ブロードキャスティング、新東宝映画株式会社、テレビ西日本、東京国立近代美術館フィルムセンター、
ベドラム、堀禎一

グラフィックデザイン : 大橋祐介

作品解説 : 石川翔平
 
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