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<STAFF>
監督:キムテイル・共同監督:加藤久美子
助監督:ジヘ
プロデューサー:キムイルグォン
撮影:ジヘ・高部優子 |
コーディネーター:チェジナ・丁智恵・難波こうじ
構成:ホンソンファ
企画:キムウンシク・本田都南夫
音楽:チョンへウォン
制作:「あんにょん・サヨナラ」制作委員会 |
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過去から学び、新しい出発をするために
「あんにょん」はハングルで「こんにちは」と「さようなら」の2つの意味があります。
「対立と争いよ、サヨナラ。和解と未来よ、こんにちは。」という意味がこめられています。
戦後60年が経ちましたが、私たちはまだ、過去の戦争から自由になれないでいます。2005年は歴史認識を巡る日本の政治家の発言を契機に、反日デモが起こるなど、過去の歴史についての論議は尽きません。なぜ歴史認識に大きな溝ができてしまうのでしょうか。それを乗り越えて、共に前を向くことはできないのでしょうか。その思いから制作が始まりました。
戦争を知らない世代の日韓共同クルーによる共同プロジェクト
このドキュメンタリーは日本と韓国の共同で制作されましたが、文化や言葉の違いから大きな挑戦でした。ぶつかることもありましたが、一つの作品を作ることにこだわり、話し合いで問題を乗り越え完成に至りました。日本からだけでも、韓国からだけでもない、両国のスタッフの話し合いから出てきた視点でドキュメンタリーを作ることで、複雑に絡み合ってしまった両国の感情のもつれをほぐしていけるものになったと感じています。 |
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不幸にも戦争のあった過去にサヨナラし、共に前へと向かうために
私たちには何が必要なのか?
父への思い―
イ・ヒジャは(李煕子・63歳)父を知らずに育ちました。父は、彼女が1歳の時に日本軍に徴用され、戦後も帰ってきませんでした。子育てが一段落した彼女は、父の足取りを捜し始めます。1992年父の中国での死を初めて知り、97年には父が靖国神社に神として祀られていることを知りショックを受けます。
靖国神社― 多くのインタビューからその本質を探る
イ・ヒジャは、靖国神社に父の名前を返して欲しいと申し入れます。しかし靖国神社では 「いったん祀った神さまは取り下げられない」と言われるのみでした。靖国神社とはどのような神社なのか―。『あんにょん・サヨナラ』では、多くの人にインタビューし、200時間もの撮影テープから、靖国神社の本質を浮かび上がらせています。
新たな出会い―
靖国神社から父の名前を返してもらえないイ・ヒジャは、合祀の取り下げを求める裁判をおこします。
そのイ・ヒジャの願いを共にかなえようとする日本人、古川。二人は神戸の震災の時に初めて出会い、その後親交を深めていきました。父を奪った日本に対して「恨(ハン)」を持っていたイ・ヒジャに、真摯に歴史に向き合う古川との出会いは新たな意味をもたらします。
日本、韓国、沖縄、中国を巡る旅―
寄り添いながらも揺らぐ国と国の関係を照射する
父の60回目の命日に向け、イ・ヒジャは父が亡くなった場所、中国へと旅立ちました。古川もその旅につき添います。いつも気丈に振舞う彼女も、父の亡くなった場所でこらえきれなくなり、泣き崩れてしまいます。その場所で古川は黙って寄り添い、傘を差し続けるのでした。
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<推薦の言葉>
野中広務(元衆議院議員)
「あんにょん・サヨナラ」を拝見し、あらためて過去の傷跡を残しておられる方々のことを痛いほど感じ、その深刻さから「あんにょん・サヨナラ」と言える希望を求めて努力されている方々のお姿に感激を新たにし、私も残り少ない人生を可能な限り、その一人として頑張りたいと強く誓いました。
井筒和幸(映画監督)
ニッポンの若者だけじゃなく大人こそがこれをしばらく見つめて勉強したらいい。
高橋哲哉(東京大学教授)
靖国問題を静かに問い、考える映画。イ・ヒジャさんの物語を軸に、当事者たちの思いをうまく引き出している。イ・ヒジャさん、チワス・アリさん、菅原龍憲さん、金城実さん、古川佳子さんらがいっしょになって、合祀取り下げを靖国神社に迫るシーンには、この問題の本質が凝縮されているように感じた。
鈴木邦男(一水会顧問)
これだけはっきりと問題点を浮きぼりにし、考えさせられた映画はありません。反対の考えの人達も出して、喋ってもらってますし、画期的な映画になってます。この映画を見て、さらに皆で討論をしていったらどうでしょうか。
辻元清美(衆議院議員)
私の祖父は、ブーゲンビル島で戦死した。彼がどうやって死んだか、私の家族は誰も知らない。母もまた、空襲で火の海となった大阪を裸足で逃げまどった。以来彼女は裸足を嫌う。戦争を生き延びた母から、私は命とともに「戦争の痛み」を受け継いだ。だからこそ、もっと苦しい経験をしたであろう、アジアの人たちの痛みを共有できると思っている。しかしこの間の日本の首相・外相の発言から痛みは感じられない。私は、「戦争に行く側=殺される側」にいる者として、「戦争に行かせる側=殺す側」のシステムであった靖国神社から父を取り戻すイさんの闘いに、深い共感と自らへの怒りを覚える――痛みと共に。なぜなら靖国神社問題こそは、日本が主体的に考え、解決すべき問題であるから。私は集団的自衛権を駆使して「殺す側」に回ることを拒否する。憲法9条を活かして「殺される側」のきずなを深める道を選ぶ。憎しみの過去にサヨナラし、連帯の未来にあんにょんしたい。
豊田直巳(フォトジャーナリスト)
靖国神社に向かう主人公たちに「テメー、朝鮮に帰れ」と殴りかかる、「右翼風」の男。痛快である。もちろん「右翼が」では、ない。靖国神社に小泉首相が参拝したがる理由が、この映画を見れば一目瞭然なのだ。物理的なそれを含む、徹底した暴力の肯定。「やらせ」抜きで曝け出される靖国神社の凶暴な本性と、その暴力に凛々しく向き合う主人公、イ・ヒジャさん。
確かに新しい風が吹いている。流行の韓流とは異なる風が。海峡を越えて。
西野瑠美子 (VAWW-NETジャパン共同代表)
イ・ヒジャさんの「父を取り戻す」闘いは、解放から60年を経てもなお、戦争が終わっていない「現実」を象徴している。父の名前の無い墓碑を前にしたヒジャさんの姿に、涙を押さえることができなかった。過去の清算を果たし新たな時代に踏み出したいというこの作品のモチーフは、まさに「戦後60年」の時代的メッセージだ。
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<CAST&DIRECTORS>
出演 : イ・ヒジャ
“死ぬ前にやらなければならないことがある。”
1943年生まれ。イ・ヒジャの父は戦争が終わっても帰らず、生死もわからなかった。1992年、父親の死亡記録を確認。父親が靖国神社に合祀されている事実を初めて知る。2001年6月韓国人遺族代表として、東京地方裁判所で靖国神社合祀取消訴訟を提訴する。
出演 : 古川 まさき
“これ以上同じ過ちを繰り返してはいけない”
1962年生まれ。公務員。20代で沖縄の人々の平和への考えに接し、以後沖縄が人生にとって大きな意味のある場所となる。1995年、阪神大震災を体験。2001年からイ・ヒジャを支援している。
監督 : 金・テイル
“共同の作業は簡単ではなかったが、そのおかげで日本の内部を深く見つめ、暖かい心と固い意志を持った人々から道を見い出すことができた。”
1963年生まれ
主な制作作品 「分断を超えた人々」「お母さんの紫色のスカーフ」「Aging Grass
Stays Greener When Together」「道連れ」 他
共同監督: 加藤久美子
“このテーマがアジア全体の問題だと、日韓スタッフで話す中で気づかされた。靖国神社が日本だけでなくアジアの中でどういう意味を持つのか、考えるきっかけとなるものを作りたいと思った。”
1975年生まれ
主な制作作品
「どこへ」「No War On Iraq」 |
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