『沈黙を破る』



パレスチナ・イスラエル“占領・侵攻”の本質を重層的に描く。
長編ドキュメンタリー/カラー・DV/130分/2009年シグロ

 公式サイト

<キャスト>
「沈黙を破る」メンバー

ユダ・シャウール
ビハイ・シャロン (
ドタン・グリーンバルグ
ノアム・ハユット
メンバーの家族

アリザ・グリーンバルグ
ダニー・グリーンバルグ)
ラヘル・ハユット(
「沈黙を破る」顧問
 ラミ・エルハナン (

アメリカ人ボランティア
 チビス・モーレ
パレスチナ人
アブ・サイード・スーフ
イマード・カーセム
カマール・サバハ
モハマド・メッシミ
ヤヒヤ・ヒンディー
ヤヒヤの家族
<スタッフ>
監督・撮影・編集 : 土井敏邦

製  : :山上徹二郎
編 集 : 秦 岳志 ア
整 音 : 小川 武

製作事務局 :
  西 晶子、石田優子
  長沢義文、佐々木正明                        
宣伝デザイン : 五十嵐真帆         
宣伝制作  :町野 民           
通訳・コーディネーター : Imad Edin  井上文勝
翻 訳 :   
 Haitham Shammaa  Hwaia Sweilem  Raouf Ahram
 Ahmad Saeid   伊藤圭子
写真・映像提供 : 
 NGO・沈黙を破る
 イスラエル国会チャンネル99 
 樋口直樹
特別協力 :    
 バラータ難民キャンプの皆さん
 ジェニン難民キャンプの皆さん
 臼杵 陽、工藤正司
 小島浩介、ジャン・ユンカーマン
 徐京植、土井幸美
 野田正彰、パッソパッソ

製作協力 :
 土井敏邦 パレスチナ記録の会」支援者の皆さん

製作・配給:シグロ
映画『沈黙を破る』より
(C)2009 DOI Toshikuni/SIGLO
パレスチナの老婆と子供
映画『沈黙を破る』より
(C)2009 DOI Toshikuni/SIGLO
イスラエル軍に破壊されたアパート
映画『沈黙を破る』より
(C)2009 DOI Toshikuni/SIGLO
元イスラエル将校 現「NGO・沈黙を破る」代表
 ユダ・シャウール

<作品解説>

パレスチナ・イスラエル“占領・侵攻”の本質を重層的に描く。
 2002年春、イスラエル軍のヨルダン川西岸への侵攻作戦のなかで起こったバラータ難民キャンプ包囲とジェニン難民キャンプ侵攻。カメラは、2週間にも及ぶイスラエル軍の包囲、破壊と殺戮にさらされるパレスチナの人びとの生活を記録する。同じ頃、イスラエルの元将兵だった青年たちがテルアビブで写真展を開く。「沈黙を破る」と名づけられた写真展は、「世界一道徳的」な軍隊として占領地に送られた元兵士たちが、自らの加害行為を告白するものだった。占領地で絶対的な権力を手にし、次第に人間性や倫理観、道徳心を失い、“怪物”となっていった若者たち。彼らは、自らの人間性の回復を求めつつ、占領によって病んでいく祖国イスラエルの蘇生へと考えを深め、声を上げたのだ。
 監督は、ジャーナリストとして20数年にわたりパレスチナ・イスラエルを取材してきた土井敏邦。数百時間にも及ぶ映像を、長編ドキュメンタリー映画として完成させた本作では、イスラエル軍がパレスチナ人住民にもたらした被害の実態と共に、“占領という構造的な暴力”の構図を、人びとの生活を通して描き出している。時に絶望的に見える抑圧をしたたかに生き抜くパレスチナの人びと、そして、「祖国への裏切り」という非難に耐えながらも発言を続けるユダヤ人の若者たちの肉声は、「パレスチナ・イスラエル問題」という枠を越え、人間の普遍的なテーマに重層的に迫る。
< 「沈黙を破る」とは>
占領地に赴いた経験をもつ元イスラエル将兵たちによって作られたNGO。創設者で代表のユダ・シャウールをはじめ、20代の青年たちが中心となっている。占領地での、虐待、略奪、一般住民の殺戮等の加害行為を告白することにより、今まで語られることのなかった占領の実態にイスラエル社会が向き合うことを願っている。2004年6月、イスラエル最大の都市テルアビブで、「沈黙を破る??戦闘兵士がヘブロンを語る」と題した写真展を開催。占領地で撮影した写真や60人の兵士たちの証言ビデオなどが展示され、国内で大きな反響を呼ぶ。以後、数百人の証言ビデオを収集し、メディアや講演、ウェブサイトを通じて国内外に占領の実態を訴え続けている。

映画『沈黙を破る』より
(C)2009 DOI Toshikuni/SIGLO
エルサレム

映画『沈黙を破る』より
(C)2009 DOI Toshikuni/SIGLO
元イスラエル将校 ノアム・ハユット
 と 母 ラヘル・ハユット
<出演者による証言>
 
○ユダ・シャウール(元将校)
「多くのイスラエル人は『セキュリティー(治安・安全保障)・セキュリティー』と口を揃えて言います。自分たちの国を守らなければならない、と。しかしこの国がまもなく、まともな国でなくなってしまうことに気づいてはいない。私たち皆の “内面” が死滅しつつあるのです。社会の深いところが死んでしまいつつあるのです。それは ここイスラエルで 社会と国の全体に広がっています。
私は世界のあらゆる人びとにこう期待しています。ユダヤ人にはヘブライ語の諺で『他人の過ちから学べ。すべての過ちを犯す時間はないのだから』というのがあります。イスラエルのことだけを語っているのではないのです。世界のどこかを占領しているあらゆる軍隊が同じ過程をたどることになります。なぜなら、“占領”をし続けるには、他の方法などないのですから」

○アビハイ・シャロン(元兵士)
「平日はトルカレムのような占領地でAPC(装甲人員輸送車)を運転してパレスチナ人の車を踏み潰して走っていました。単に楽しみのためです。車の上を走るというのは面白いものですから。そんな自分が週末の休暇にイスラエル内を車で走るとき、通常の運転ができると思いますか。赤信号でちゃんと誰かの後ろにじっと止まって待っていると思いますか。できるわけがありません。わかってもらいたいのは、占領地で兵士として任務に就いている『アビハイ』という自分と、休暇で帰ってきたときの『アビハイ』は、同じ人間だということです。つまり兵士たちは占領地から、暴力や憎悪、恐怖心や、被害妄想などをすべて抱えたまま、イスラエルの市民社会へ戻ってくるということなのです」

○ノアム・ハユット(元将校)
「私は、その朝の光景を今でも思い出します。軍のブルドーザーがオリーブの木々を全部破壊した後に、80歳ほどの老人が50代の息子そして孫たちと破壊された畑にやってきました。その前夜にすべてのオリーブの木々が破壊されてしまったことを、この家族はまったく知りませんでした。畑の木々が切り倒されるということが農民にとってどれだけ辛いことか、農村出身の私にはそれがわかっていました。そのオリーブの木々はその老人の父親か祖父が植えたものなのでしょう。それは単に日々の糧を得るためのものではなく、彼らの“人生”そのものを失うことだったのです。イスラエル国民はラジオで『イスラエル軍が入植者の通行する道路の安全を確保した』というニュースを聞くことでしょう。それは理屈にかない、道徳的にも何の問題もないように聞こえます。しかし、それはパレスチナ人の生活を破壊することだったのです。
これが、“占領”とは何かを私が実感する最初の体験でした」

○ドタン・グリーンバルグ(元兵士)
『母は『(占領地での兵士たちの任務は)とても大変』といいます。しかし兵士たちにとってそれほど大変なことではありません。これが重要なことです。兵士が占領地で“怪物”になるのはとても簡単なことなのです。
兵士たちは心理療法士が必要なのではありません。『このような状況のなかでは心理療法士が必要だ』と言うのは、『イスラエル内は平穏な状況なのに、占領地でそういう任務をしているあなたたち兵士のことを考えると、とても辛い』と言うようなものです。違うのです。あなた方自身を“鏡”に映し出し、見つめなければいけない。あなた方は自分自身のあり方を心配しなければならないのです。なぜなら私たちは、あなたたちイスラエル国民によって送られた“兵士”なのです。単なる息子ではなく、“あなた方が送った兵士”です。あなた方が“敵”だとみなすパレスチナ人に対する、あなたたちの“拳”なのです。イスラエル政府の“拳”なのです」

○ラミ・エルハナン(「沈黙を破る顧問)
「イスラエル国民が理解できないでいることは、占領地の350万人のパレスチナ人を制圧し、片隅に追いやり、どんどん押し込んでいけば、彼らは噛み返すということです。それは世界中のどの歴史にも共通する普遍的な事実です。そんな彼らを『テロリスト』と呼ぶ人もいれば、『自由の戦士』と呼ぶ人もいる。どんな名前で呼んでもいいのです。しかし、それが現実なのです。
彼らは『テロリスト』かもしれない。同感です、テロリストが私の娘を殺したのですから。ではそのテロリストにどう対応するのか。テロリストを完全に消滅できたという実例があるのなら、一つでも見せてほしい。彼らの自由への願いを消滅できたというような、喜んで占領を受け入れているというような実例をです。ではそのテロリストとどう闘うのですか。どうすることが“賢い”闘い方なのでしょうか。すべての争いの解決には、結局、話し合うしかないのです。ハマスであろうと、PLOであろうと、敵と話し合いをするしかないのです」
           
<監督プロフィール>
土井敏邦(どい・としくに) ジャーナリスト
1953年、佐賀県生まれ。1985年よりパレスチナ・イスラエルの問題にかかわる。17年間にわたって映像による取材を続け、「パレスチナ記録の会」とともに、2009年、『届かぬ声―占領と生きる人びとー』全4部作を完成させる。ドキュメンタリー映画『沈黙を破る』は、その第4部にあたる。
ドキュメンタリー映像『ファルージャ 2004年4月』のほか、NHKや民放で数多くのドキュメンタリー番組も手掛けている。主な著書に『占領と民衆―パレスチナ』(晩聲社)、『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』、『沈黙を破る―元イスラエル軍将兵が語る“占領”』(いずれも岩波書店)、『米軍はイラクで何をしたのか』、『パレスチナ ジェニンの人々は語る』(いずれも岩波ブックレット)など多数。

監督の言葉  土井敏邦(どい としくに)
「戦車は家の10mほど先に止まっていました」と、3人の幼い娘の父親が2009年1月7日の昼間、ガザ北部の村に起こった事件を語った。「戦車から1人の兵士が降りてきて、突然、白旗を挙げていた母と3人の娘を撃ったんです。4人は身長も年齢もそれぞれ違っていたのですが、4人全員が真っ直ぐに胸を撃たれていました。7歳のサアドは12発撃たれ、2歳のアマルは10発、4歳のスメルは3発撃たれ、私の母も3発撃たれました。2歳の娘の傷口から内臓が飛び出していました」。
2008年12月下旬から3週間続いたイスラエル軍のガザ攻撃の現場を取材しながら、イスラエル兵士たちによる住民虐殺の証言を数多く聞いた。イスラエルの街角で見かける、まだあどけなささえ残る若者たちがいったん将兵となって占領地や戦場に立つと、冷酷な“占領軍”“侵略軍”の姿に一変する実態を、私は改めて思い知った。

イスラエルによる“侵略・占領”を語るとき、パレスチナ側の被害の報告だけでは一面しか伝えたことにならない。“侵略・占領”する側の動機や行動原理、心理状況をも伝えてはじめてその実態が重層的、立体的に見えてくる、と私は考えている。
20数年にわたって“パレスチナ”を伝え続けてきた私が今、“侵略・占領する側”のイスラエル将兵の内面に迫ろうとしたのはそういう動機からだった。その困難な作業を可能にしてくれたのが「沈黙を破る」の元将兵たちである。
しかし彼らの証言は、日本人にとっても「他人事」ではない。元イスラエル軍将兵たちの証言は、日本人の “加害の歴史”と、それを清算せぬまま引きずっている現在の私たち自身を見つめ直す貴重な素材となるからだ。つまり、元イスラエル軍将兵たちの行動と言葉を旧日本軍将兵の言動と重ねあわせるとき、それは“遠い国で起こっている無関係な問題”ではなく、かつて侵略者で占領者であった日本の過去と現在の“自画像”を映し出す“鏡”なのである。日本人である私が元イスラエル軍将兵たちの証言ドキュメンタリーを制作する意義は、まさにそこにある。
しかしこの映画は、作り手の私のそんな意図を越えて広がっていくに違いない。元将兵たちの証言に、アメリカ人はベトナムやイラクからの帰還兵を想うだろうし、ドイツ人はアフガニスタンに送られた自国の兵士たちと重ね合わせるだろう。「沈黙を破る」の元将兵たちの言葉が、それだけの力と普遍性を持っているからである。


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