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岡田茉莉子・女優。
1933年、俳優・岡田時彦と宝塚女優・田鶴園子のあいだに生まれる。名付け親は、谷崎潤一郎。夫は映画監督の吉田喜重。
川端康成原作・成瀬巳喜男監督「舞姫」(1951)でのデビュー以来、出演した作品の監督には、マキノ雅弘、稲垣浩、大庭秀雄、渋谷実、木下恵介、五所平之助、吉村公三郎、小津安二郎といった名匠が並ぶ。
今回、自伝「女優 岡田茉莉子」の刊行 (10/30文藝春秋刊)を記念して、ポレポレ東中野では、この偉大なる女優 岡田茉莉子の出演作品34本を、そのデビューから年代を追いながら上映する。
日本映画界の絶頂期を東宝、松竹で過ごし、映画スターとしての地位を確立していたにもかかわらず、いち早く夫の吉田喜重監督とともに独立プロダクション・現代映画社を設立。映画の衰退期といわれた時代に、まったく新しい進路を示し、時には吉田喜重監督作品のプロデューサー役をも務めてきた。
今回の特集では、映画史のなかで、世界でも稀にみる選択と決断をしてきた女優の業績を、改めて認識させられるものになるだろう。 |
企画 : ポレポレ東中野+現代映画社
協力 : 東宝、松竹、日活、角川映画
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上映作品 |
舞姫
監督 : 成瀬巳喜男
16mm/東宝/1951年/85分/
原作 川端康成/脚本 新藤兼人/撮影 中井朝一/音楽 斎藤一郎
出演 : 高峰三枝子 山村総 木村功 片山明彦
東宝演劇研究所入所後、20日足らずで本作の準主役に抜擢され、18歳でデビュー。監督が巨匠の成瀬さん。新人女優がデビューするには、これほど恵まれた作品もなかっただろう。
やくざ囃子
監督 : マキノ雅弘
35mm/東宝/1954年/88分/
脚本 松浦健郎/撮影 三村明/音楽 服部正/
出演 : 鶴田浩二 河津清三郎 花柳小菊 田崎潤
マキノ監督自身が若いころは、映画の俳優でもあったからだろうか。まだ若かった私に女らしさを感じさせようとして、「人差し指で、畳に『の』の字を書いてごらん」といわれた。鶴田浩二さんが、私をかばいながら、歌をうたい、人を斬ってゆく。
ひとり寝る夜の小夏
監督 : 青柳信雄
35mm/東宝/1955年/106分/
原作 船橋聖一/脚色 梅田晴夫 宮内義治/撮影 中井朝一 芦田勇/音楽 飯田信夫
出演 : 森繁久彌 志村喬 杉村春子 一の宮あつ子
大ヒットした初の主演映画『芸者小夏』の続編。芸者・水商売の女といった特定のイメージの役ばかり舞い込むことに抵抗もあったが、名優に囲まれ、女として成長した小夏を演じることができた。
旅路
監督 : 稲垣浩
35mm/東宝/1955年/105分/脚本 稲垣浩/撮影 安本淳/音楽 深井史郎
出演 : 池部良 平田昭彦 小沢栄 藤原鎌足
渡世人の女房を演じるが、初めての母親役。どうして私が母親役なんですか?と非難めいて、稲垣監督に伺うと、『女優は、母親役を演じたほうが、早く上達するんだよ』といわれた。
流れる
監督 : 成瀬巳喜男
35mm/東宝/1956年/117分/
原作 幸田文/脚色 田中澄江 井出俊郎/撮影 玉井正夫/音楽 斎藤一郎
出演 : 高峰秀子 山田五十鈴 田中絹代 杉村春子
日本映画女優史を語るにふさわしい作品。芸者である杉村春子さんと私が、酔っ払ってふたりで踊るシーンでは、杉村さんが酔ったふりをして、演技のオクターブをあげれば、私も負けずに、さらにオクターブをあげる。私にとって、これ以上の恵まれた経験もなかった。
山鳩
監督 : 丸山誠治
35mm/東宝/1957年/101分
原作 北条秀司/脚色 井出俊郎/撮影 鈴木斌/音楽 団伊玖磨
出演 : 森繁久彌 清川虹子 左ト全 瀬良明
みずから東宝を離れ、フリーとなることを決心した第一作。反対されるだろうと思っていた母から、「こうした決心ができるのも、あなたがもう、独り立ちできる女優であるからよ」と逆に勇気づけられる。
集金旅行
監督 : 中村登
35mm/松竹/1957年/102分
原作 井伏鱒二/脚色 椎名利夫/撮影 生方敏夫/音楽 黛敏郎
出演 : 佐田啓二 花菱アチャコ 中村是好 伊藤雄之助
フリー期間を経た後、松竹専属となる。初作品は期待していたメロドラマではなく、意外なことに喜劇だった。花菱アチャコさんはじめ、競演の芸達者なコメディアンのアドリブ演技にも刺激され、喜劇に開眼する発端となった作品。
悪女の季節
監督 : 渋谷実
35mm/松竹/1958年/110分
脚本 菊島隆三/撮影 長岡博之/音楽 黛敏郎
出演 : 山田五十鈴 東野英治郎 伊藤雄之助 杉浦直樹
老人の財産を狙う、悪女のひとりに扮するブラックコメディ。渋谷監督の演出力に引きずられ、俳優は誰もが演技をエスカレートさせ、不自然と思われるストーリーが現実のように見えてくる。
霧ある情事
監督 : 渋谷実
35mm/松竹/1959年/88分
原作 舟橋聖一/脚色 斎藤良輔/撮影 長岡博之/音楽 黛敏郎
出演 : 津川雅彦 加東大介 三上真一郎 菅井一郎
『悪女の季節』と同じく渋谷実監督作品でありながら、本作はメロドラマ調の文芸もの。新たな若い男性スターとして、日活から移籍してきた津川雅彦さんとの共演も話題となる。
春の夢
監督 : 木下恵介
35mm/松竹/1960年/103分
脚本 木下恵介/撮影 楠田浩之/音楽 木下忠司
出演 : 東山千栄子 丹阿弥谷津子 川津祐介 小沢栄太郎
ブルジョワジーの家庭が舞台の華やかな風刺喜劇で、お正月映画として公開。初めての木下監督の現場で、撮影中の静けさ、俳優への的確で、素早い演出等、渋谷監督との違いに驚かされる。
女の坂
監督 : 吉村公三郎
35mm/松竹/1960年/107分
原作 沢野久雄/脚色 新藤兼人/撮影 宮島義勇/音楽 大角純一
出演 : 佐田啓二 高千穂ひづる 河内桃子 乙羽信子
京銘菓の老舗の養女となった私が、のれんを守ることに情熱を傾け、京おんなとして成長していく現代娘を演じる。たしかに吉村さんは、女性映画の巨匠と呼ばれるにふさわしく、巧みに女優を扱う監督だった。
離愁
監督 : 大庭秀雄
35mm/松竹/1960年/90分
原作 井上靖/脚色 柳井隆雄 大庭秀雄/撮影 長岡博之/音楽 池田正義
出演 : 佐田啓二 桑野みゆき 山本豊三 仲谷昇
一度は結婚のために諦めた、かつての恋人と、偶然にも再会。ふたりの男性のあいだで迷う女を演じる。本作が製作された1960年頃から、社会も映画界も、激動の時代を迎えることになる。
秋日和
監督 : 小津安二郎
35mm/松竹/1960年/128分
原作 里見ク/脚色 野田高梧 小津安二郎/撮影 厚田雄春/音楽 斎藤高順
出演 : 原節子 司葉子 笠智衆 佐田啓二
父、岡田時彦と縁の深い小津安二郎監督作品に初めて出演する。監督は、その役柄について「岡田時彦の娘だから、三枚目の役がうまいと思ったんだ」といわれ、私を「お嬢さん」と呼んでくださった。
女舞
監督 : 大庭秀雄
35mm/松竹/1961年/100分
原作 円地文子 秋元松代/脚色 柳井隆雄 大庭秀雄/撮影 長岡博之/音楽 池田正義
出演 : 佐田啓二 仲谷昇 三津田健 宮口精二
能楽宗家の若太夫を佐田啓二さん、私は日本舞踏の家元という役柄。改めて日本舞踏の稽古にはげみ、花柳流の名取りとして『花柳茉莉之』という名をいただくことができた。
河口
監督 : 中村登
35mm/松竹/1961年/88分/原作 井上靖/脚色 権藤利英/撮影 厚田雄春/音楽 黛敏郎/出演 山村聡 田村高廣 東野英治郎 杉浦直樹
戦後、女ひとりで生きるために、男性遍歴を重ねながら、画商として成功する主人公を演じる。絶えず距離を保ちながら、私を見守り続ける男性を、山村聡さんが演じる。
16 熱愛者
監督 : 井上和男
35mm/松竹/1961年/95分
原作 中村真一郎/脚色 新藤兼人/撮影 堂脇博/音楽 池田正義
出演 : 芥川比呂志 桑野みゆき 宇野重吉 小池朝雄
『女舞』の反応がよく、松竹からの提案で、初めて私が企画、プロデュースした作品。これまでの文芸ものと違って、あまり筋らしいものがなく、男と女の関係だけを純粋に突き詰めようとした原作を、あえて私は選んだ。
愛情の系譜
監督 : 五所平之助
35mm/松竹/1961年/108分
原作 円地文子/脚色 八住利雄/撮影 木塚誠一/音楽 芥川也寸志
出演 : 山村聡 三橋達也 乙羽信子 桑野みゆき
『舞姫』でデビュー以来10年、それも100本目にあたる作品である。いかに多くの映画に出演してきたことだろう。『舞姫』では父親役だった山村総さんが、不思議な縁で、ここでも父親を演じておられた。
今年の恋
監督 : 木下恵介
35mm/松竹/1962年/82分
脚本 木下恵介/撮影 楠田浩之/音楽 木下忠司
出演 : 吉田輝雄 田村正和 浪速千栄子 三遊亭円遊
東京の下町を背景にした、典型的な松竹調ともいうべき喜劇。結婚適齢期でありながら、数ある縁談には耳もかさない、お店の看板娘を演じ、最後には嫌っていた男性と結ばれるという、華やかなお正月映画。
愛染かつら
監督 : 中村登
35mm/松竹/1962年/100分
原作 川口松太郎/脚色 富田義朗/撮影 厚田雄春/音楽 古関裕而
出演 : 吉田輝雄 笠智衆 三宅邦子 佐田啓二
戦前には田中絹代さんが主演したメロドラマの金字塔。それをリメイクするには、時代錯誤といわれても不思議ではない世相だった。映画界の危機的状況の表れ、その不安と迷いを物語ってもいたのだろうか。
続・愛染かつら
監督 : 中村登
35mm/松竹/1962年/99分
原作 川口松太郎/脚色 富田義朗 野田高梧/撮影 平瀬静雄/音楽 古瀬裕而
出演 : 吉田輝雄 笠智衆 三宅邦子 佐田啓二
今から思えば、この伝説的な日本映画のメロドラマ、『愛染かつら』のヒロインを、演じることができたのは幸せだった。それは映画女優としての頂点に立つことを意味していたからである。
そして、あの愛唱された主題歌をバックに、私は演技する。
秋津温泉
監督 : 吉田喜重
35mm/松竹/1962年/113分
原作 藤原審爾/脚色 吉田喜重/撮影 成島東一郎/音楽 林光
出演 : 長門裕之 日高澄子 殿山泰司 中村雅子
私の100本記念映画として、みずからプロデュースした作品。東宝のころ、この小説を読み、映画にすることを夢見てきた。監督には、当時『ろくでなし』で評価を得ていた、吉田喜重監督にお願いした。多くの女優賞をいただいた、思い出の映画でもある。
真赤な恋の物語
監督 : 井上梅次
35mm/松竹/1963年/99分
脚本 白坂依志夫 井上梅次/撮影 長岡博之/音楽 黛敏郎
出演 : 吉田輝男 榊ひろみ 大木実 藤木孝
メリメ原作というより、オペラ『カルメン』から翻案した作品。相手役のホセを吉田輝夫さんが演じている。これまで定着してきた私のイメージとは違ったカルメンを、楽しく演じるように努めた。
香華 前後篇
監督 : 木下恵介
35mm/松竹/1964年/203分
原作 有吉佐和子/脚色 木下恵介/撮影 楠田浩之/音楽 木下忠司
出演 : 加藤剛 乙羽信子 田中絹代 岡田英次
50年以上にも及ぶ母娘二代の、波乱に富んだ愛憎の葛藤を描く超大作。茉莉子さんの独身、最後の映画だからといわれて、木下監督が引き受けてくださった。これを最後、松竹を離れることになるとは、想像もしていなかった。
水で書かれた物語
監督 : 吉田喜重
35mm/中日映画社/1965年/120分
原作 石坂洋次郎/脚本 石堂淑朗 高良留美子 吉田喜重/撮影 鈴木達夫/音楽 一柳慧
出演 : 入川保則 浅丘ルリ子 岸田森 山形勲
吉田喜重監督との結婚、そして松竹より独立後の、初めての映画。母子相姦をテーマにしていながら、何か遠く、はるかな神話の世界を感じさせるような作品だった。この映画で吉田が映画会社から何故独立したか、私にも理解できた。
女のみづうみ
監督 : 吉田喜重
35mm/現代映画社・松竹/1966年/98分
原作 川端康成/脚色 石堂淑朗 大野靖子 吉田喜重/撮影 鈴木達夫/音楽 池野成
出演 : 露口茂 早川保 夏圭子 芦田伸介
独立プロダクション、現代映画社としての最初の作品。浮気をする人妻が見知らぬ男に脅迫されるという内容で、吉田の現場を重視する演出に、私も自分の肉体の動くまま、表情の動くままに演じた。
妻二人
監督 : 増村保造
35mm/角川/1967年/94分
原作 パトリック・クェンティン/脚色 新藤兼人/撮影 宗川信夫/音楽 山内正
出演 : 高橋幸治 若尾文子 江波杏子 伊藤孝雄
この頃になると、映画の撮り方が崩れはじめ、なぜカメラが突然そこにあるのか、不安になるような監督が多かったが、増村さんの演出は信頼できるものだった。そして若尾文子さんとの競演を楽しんだ。
情炎
監督 : 吉田喜重
35mm/現代映画社・松竹/1967年/97分
原作 立原正秋/脚本 吉田喜重/撮影 金宇満司/音楽 池野成.
出演 : 木村功 南美江 高橋悦史 しめぎしがこ
日本の映画は男性優位のものが多いなか、性の問題を男性の視点ではなく、女性の側から描いた作品。映像表現がよりいっそう自由に追求され、演技することの不思議な魅力、その奥深さといったものを、私は改めて感じることができた。
炎と女
監督 : 吉田喜重
35mm/現代映画社・松竹/1967年/103分
脚本 山田正弘 田村孟 吉田喜重/撮影 奥村祐治/音楽 松村禎三
出演 : 木村功 日下武史 小川真由美 北村和夫
当時、社会問題化されていた人工授精をテーマにした作品。人工授精が是か非かではなく、父を知らずに生まれた子供は、母である女性だけのものであるという、吉田らしい女性映画になっていた。
樹氷のよろめき
監督 : 吉田喜重
35mm/現代映画社・松竹/1968年/98分
脚本 石堂淑朗 吉田喜重/撮影 奥村祐治/音楽 池野成
出演 : 木村功 蜷川幸雄 赤座美代子
厳冬の北海道で、雪と戦いながら演技することが強いられる、きびしい撮影だった。ふたりの男に愛されながら、危険な三角関係の旅をするというストーリーだが、今思い返してみると、性にもてあそばれる人間たちを、性がきびしく罰するといったドラマだった。
さらば夏の光
監督 : 吉田喜重
35mm/現代映画社/1968年/97分
脚本 山田正弘 長谷川竜生 吉田喜重/撮影 奥村祐治/音楽 一柳慧
出演 : 横内正 ポール・ボーベ エレーヌ・ヴィエル
ヨーロッパ七カ国で撮られた、当時としては珍しいロードムービー。監督以下、わずか6人のスタッフのために、衣装やヘアースタイル、メイクに至るまで、私自身がひとりで行った。撮影も完成したシナリオがあるわけでもなく、監督のイメージだけで作られた映画だった。
エロス+虐殺 ロングバージョン
監督 : 吉田喜重
35mm/現代映画社/1970年/216分
脚本 山田正弘 吉田喜重/撮影 長谷川元吉/音楽 一柳慧
出演 : 細川俊之 楠侑子 高橋悦史 稲野和子
虐殺された大正時代のアナーキスト、大杉栄と伊藤野枝を描く作品。それを過去のこととしてではなく、私たちも、その同じ時間を生きるためには、夢を見るしかない。したがって観客の皆さんにも、一緒に長い夢を見ていただくことになる。
煉獄エロイカ
監督 : 吉田喜重
35mm/現代映画社/1970年/117分
脚本 山田正弘 吉田喜重/撮影 長谷川元吉/音楽 一柳慧
出演 : 鴉田貝造 木村菜穂 牧田吉明 岩崎加根子
私がこの映画のラストで語る、「私は、私の神様であったものを撲ちによ」という台詞。ここでいう神様が、なにを意味するのだろうか?これほどスリーリングなダイアローグを語れる私は、幸せな女優だと思った。時代は緊迫した学生による反体制のさなかに作られた作品だった。
告白的女優論
監督 : 吉田喜重
35mm/現代映画社/1971年/122分
脚本 山田正弘 吉田喜重/撮影 長谷川元吉/音楽 一柳慧
出演 : 浅丘ルリ子 有馬稲子 三國連太郎 木村功
これまで映画界に背を向けてきたと思われる吉田も、ほんとうは映画界を愛していることを、この作品を通して、私は知ることができた。それは今、消えつつある映画スターへの、追悼であった。
鏡の女たち
監督 : 吉田喜重
35mm/現代映画社/2002年/129分
脚本 吉田喜重/撮影 中堀正夫
出演 : 田中好子 一色紗英 室田日出男 西岡徳馬
広島・原爆の日を語るシーンでは、女優としての私は失格だったといわれても、仕方がなかった。どのような場合でも、俳優は演じている自分を、もうひとりの自分が冷静にみていなければならない。それを忘れて、演じてしまったのも、亡き人々の魂が、私に乗り移っていたからだろうか。
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作品紹介等は、自伝「女優 岡田茉莉子」より引用し構成しました。
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