「心理学者 原口鶴子の青春 
〜100年前のコロンビア大留学生が伝えたかったこと〜」

一人の女性の足跡を追う取材から珠玉の映画が誕生!
オリジナル資料の持つ迫力、ドキュメントが引き出す驚きと感動
日本女性初の心理学博士、原口鶴子のニューヨークの青春がいま甦る!
2007/日本/カラー/95min/DVCAM
2007年第20回東京国際女性映画祭招待作品
vvv芸術文化振興基金助成事業作品

 公式サイト

予告編@youtube

〈キャスト〉
ナレーター 大和田伸也
鶴子の声 五大路子
〈スタッフ〉
企画・プロデュース・脚本・監督・編集
    : 泉悦子

撮影 : 秋葉清功

音楽 : 金子文郎
整音 : 竹山公一郎
協力 : シネブレーン
      シネマジャーナル
      パレットプランニング
      ビデオキャッチジャパン
      Catsスタジオ

製作・配給 : (有)テス企画

<解説>
この作品は、女性心理学者の先駆、原口鶴子の一生をたどったドキュメントです。鶴子は日本女子大学校を卒業後、1907年、単身ニューヨークへわたり、コロンビア大学大学院で日本人女性初の心理学博士号を受けました。が、帰国し、これからという時、志半ばの29歳でこの世を去りました。
彼女が残した精神疲労の研究(博士号テーマ)、国際性、自立の精神、新しい夫婦像は、その後、日本で起こった女権運動に影響を与えましたが、時代の流れとともにいつしか忘れ去られていきました。偶然、原口鶴子の孫にあたる女性と知り合い鶴子の存在を知った監督が、原口鶴子の生涯をこのまま歴史の狭間に埋もれさせたくないという強い意志のもと一人でビデオカメラをもってニューヨークで撮影を始めたことから、この映画の製作が始まりました。
留学から帰国後、死を迎えるまで前向きに活動を続けた鶴子は、『楽しき思い出』(大正4年発刊)という留学記を残しています。鋭い観察眼と自己実現に燃える女性のみずみずしい感性で、100年前の留学の様子を細かく記述しています。
本作品は、原口鶴子の長女、倉西早百合さんと夫の倉西正武氏(コロンビア大学名誉教授)及びご親族の皆様の協力を受け、『楽しき思い出』に書かれたニューヨークでの足跡をビデオカメラが克明にたどり、強い意志力と自律心を体言した100年前の女性をくっきりとスクリーン上に再現させています。
製作は(有)テス企画。1994年創業以来、女性のためのドキュメントや、教育、情報ビデオ・映画を地道に手がけてきた会社です。
監督は100本以上の官公庁、企業のPRビデオの脚本、演出の実績をもち、自らも50歳でニューヨーク大学留学の経験を持つ泉悦子。ニューヨークと日本人女性をテーマにした自主製作第二作目の作品です。
なお、本作品は芸術文化振興基金助成事業作品です
<ストーリー>
原口鶴子は、1886年、群馬県富岡市一ノ宮で生まれた。子どもの頃から利発で運動神経に富み、度胸の据わった少女であったという。
実家は祖父の代から大きな生糸雑貨問屋を営んでいた。国営の製糸産業を荷なう国際都市、富岡市。豊かな財力、娘の能力と可能性を信じる父親、女子教育に熱心な先生方との運命的な出会い…鶴子は日本女子大学校英文学部を卒業すると、1907年、まだ女性にとって未分野であった心理学を学ぶためにコロンビア大学への留学を決意する。 
担当教授のソーンダイク博士から、まれにみる有能な女性研究者と評価され、5年後、日本女性初の心理学博士号を取得、同じ日に後の早稲田大学教授、原口竹次郎と結婚。
女子寮ホイテャ・ホールでの心躍る日々、クラスメートでメトロポリタンオペラの歌手、マダム・パウルと交友、大富豪ガーレー家での1年間のホームステイなど、さまざまな楽しい思い出を胸に帰国。これからという時に病に倒れる。しかし、二児を生み、夫の助けを受けながら、研究、執筆、講演と前向きに活動をつづけるのであった。
<コメント>
鶴子という人はすでに実存しないにもかかわらず、この映画には鶴子のパーソナリティがいたるところに感じられる。…この時代の心理学の歩み、日本女性のあり方に興味を向けさせてくれる力作
(キネマ旬報作品評)

これまでに観たことがない新しいドキュメンタリー映画。驚くとともに、とても興味をもちました。
(映画監督 羽田澄子さん)

ドキュメンタリーの手法にドラマの感動をミックスさせた素晴らしい構成
(映画監督 浜野佐知さん)

ボレロのような映画。オリジナル資料の積み重ねが、大きな“うねり”となり、エンディングで一気に高まる
(広報誌編集 緒方英樹さん)

昨今の日本女性は世界中で活躍なさっています。この映画が今後に続く人々をさらに啓発すればと期待します
(C.V. Starr East Asian Library of Columbia University 日本研究 野口幸生さん) 

監督の研究的な資料の集め方に感動。今後の女性史、心理学史、ドラマや小説を作る時に欠かせない資料になると思う
(愛知淑徳大学医療福祉学部教授 加藤正子さん)

素晴らしいの、一言。この映画を教えてくださった友人に感謝です。一人の人の魂(命)の灯(思い)が子孫へ、世界へと語り継がれるのだと感動しました。私も幼い頃に母を亡くしましたが、私の命と共に、母の想いを感じて生きていきたいと思います。
(試写会のお客様)

< 監督コメント>
1998年、企業の映画基金をいただいてニューヨーク大学へ短期留学したことがきっかけで、ニューヨークにおける日本人女性の活躍に大きな興味をもちました。縁あって、原口鶴子さんの存在を知り、資料を調べるうち、2年前に無謀にも自主製作に踏み切りました。
鶴子さんについては、あまり知られていませんが、かつて書かれた伝記や調査資料は驚くほど正確で充実しており、感動的で興味をさらにかきたてるものばかりでした。鶴子さんに関してほとんど調べられておりましたので、これら文字資料を映像に置き換えたらどうなるか…と考えました。
鶴子さんの写真は、高校、大学校時代と帰国後については何枚かございましたが、留学中のものは一枚もありません。それで鶴子さんが書かれた留学記をもとに、ニューヨークで調査取材を行い、内容が合致したものだけを撮影することにしました。
それでも何かないかと調べましたらコロンビア大ティーチャーズカレッジのアーカイブに鶴子さんらしき人が映っている写真がありました。撮影時期といい、活動内容といい鶴子さんに合致していたのですが、誰も鶴子さんであると断定できません。大学へ写真の詳細を問合せますと、ホームページにある情報以外はありませんとのこと。万事がこのような手探り状態でした。
本など資料は出来る限り現物を撮影するように努めました。鶴子さん自筆の手紙など、この作品のために日本女子大学が初公開してくださった映像もあります。
映像製作の元となった本、論文を書かれ、快く資料提供と取材に応じてくださった皆様、鶴子さんが通った日米の教育機関、鶴子さんゆかりの日米の自治体、そしてなによりも熱心に製作を支えてくださいました倉西正武・早百合ご夫妻をはじめご親族の方々に深く感謝申し上げます。

泉悦子 監督プロフィール
早稲田大学第1文学部演劇専修卒。
(株)記録映画社入社、演出助手を経て独立、100本以上の官公庁、企業PR映画(ビデオ)の企画・脚本・演出を手がけて現在にいたる。
1986年、雑誌“シナリオ”新人映画シナリオコンクール入選。
1987年、映画ファンの女性たちで映画誌“シネマジャーナル”をたちあげ、昨年10月、創刊20周年大会を東京で開催。現在72号を発売中。
1994年、映像製作会社(有)テス企画を設立、女性の自立に関するビデオを多数製作。
1998年、50歳で企業の映画基金を得て、ニューヨーク大学映画学科に短期留学、16mm短編映画「Life in New York」オムニバス5本制作。
2006年1月、企画・製作・脚本・監督・撮影・編集の自主製作「ニューヨークで暮らしています 彼女たちがここにいる理由」完成。
2007年4月、芸術文化振興基金の助成を受けて、自主製作第二作目「心理学者 原口鶴子の青春〜100年前のコロンビア大留学生が伝えたかったこと〜」完成。
本作品は2007年第22回東京国際女性映画際の招待作品に選ばれ、チケット完売にて上映されました。
<関連本>
「楽しき思い出」 原口鶴子著 
 この作品のベースになった原口鶴子の
 コロンビア大学留学記
  大正4年発刊、2007年復刻新書版
  定価 \1,000(税込)

「シネマジャーナルNO.69」「シネマジャーナルNO.70」
 監督の映画製作日誌掲載
 定価 \800(税込)
<作品関連サイト>
 公式サイト http://www.sepia.dti.ne.jp/tess/

 公式ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/totoebi2007

 シネマジャーナル http://www.cinemajournal.net/
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